NBAバレエ団「The Little Mermaid」
2019.5.25&26 新国立劇場 中劇場

2of 2
NBA Ballet Company
The Little Mermaid

竹田 仁美
海の魔女 浅井 杏里
魔女の脚:多田 遥、古道貴大、長谷怜旺、山田悠貴
物語では、あれよあれよといううちに、王子とソニアの婚礼の話が進む。本当に救った人魚の王女マーメイドは、人間の姿になるために、魔女と契約して引き替えに声を失う。人間となったマーメイドは王子に出会うが、声が出ない。偽ったソニアの罪を明かせない。そしてマーメイドは人間になろうとしたことの過ちに気づく。
マーメイドを演じる竹田仁美は、可憐さと芯の強さを演じて、とても見せる。竹田はオーストラリアバレエ留学、ローザンヌ、ヴァルナで受賞歴があり、新国立劇場バレエで活躍後、NBAバレエに入団し、テクニックも十分で、バレエ団の中心となるプリマの一人だ。マーメイドの声はフランク莉奈で、ミュージカル女優として活躍している。
一方、海中の王は魔女の行いを知り、ついに魔女と戦うことにする。最初はタイマンを張るがとても相手にならない。すると、魚たちがそろって加勢して、ついには魔女を打ち倒す。そうしてマーメイドは王女の声を取り戻すが、引き替えに人間の姿を失うことになる。

リン・テイラー・コーベットによる振付・演出では、特に海の中の世界の描き方がすばらしい。さまざまな魚や海の動物たちをデュオ、トリオ、グループでパドドゥやパドトロワ、群舞などによって楽しく描き出す。それぞれの生き物の個性を生かそうとする演出だ。ジュニアたちによる小魚たちの扱いも見事。それらをディベルティスモンで見せるというのが、バレエならではのポイントだろう。

ソニアの友だち:鈴木恵里奈、勅使河原綾乃
魚たちを率いるメカジキを演じる高橋真之も見せた。高橋真之はワシントンスクールバレエに留学し、NBAバレエでソリストからプリンシパルに昇格、全日本バレエコンクールなど入賞歴のある新鋭である。海の魔女、浅井杏里との戦いを含めて、舞台を引っぱり、楽しませる。

とうとう王子とソニアの婚礼が実施されることになる。だがそこで王子は、「あの声でまた歌ってくれ」とソニアに頼む。焦るソニアだが、観念して歌おうとする。ところが出た声はとんでもないもの。
この場面が一番、爆笑を誘った。本来声を出さないバレエダンサーの峰岸が、実際の声を出すリアリティが生む笑いだ。王子は、繰り返し自分に訴えてきた声の出ない少女のことを思う。そこで人魚となったマーメイドは歌い出す。王子を救った声だ。人魚のままの姿でも、王子と人魚の王女は一つに結ばれる。

竹田 仁美&ハンス:安西 健塁
王子を演じた大森康正はNBA入団10年目、ボリショイバレエ学校に学び、キエフクラシックバレエでも活躍したベテラン。安定したテクニックとダイナミックな踊りで、マーメイド竹田仁美、ソニア峰岸千晶とそれぞれ巧みに絡んだ。

人魚のマーメイドが地上に憧れるというのは、別世界への憧憬という、童話や寓話によくあるテーマだ。地上の王子と海中の王女という構造は、日本の浦島太郎と乙姫の関係に等しいともいえる。また、異種混淆譚は世界中にあるが、なかでも美しいものの一つだろう。頭が魚で体が人間だと半魚人になってしまうように、頭と顔が同類を見分けるには大事だ。

そして声というテーマも興味深い。人間になると声を失うという代償の構造も、人間と動物の違いなどを感じさせて、異種混淆の物語だからこそ意味がある。また、人間にとって声は何か、という疑問を子どもにも感じさせるかもしれない。

竹田 仁美&大森 康正

バレエの舞台は通常、セリフがない。また、バレエダンサーが声を出すことも滅多にない。この作品は「声を失う」というテーマだからこそ、セリフや歌を入れる意味があった。また、ナレーションの助けもあって物語がすっと頭に入ってきて、子どもでもすぐ理解できて、楽しめる。一時間ちょっとの舞台だが、あっという間。大人も子どもも楽しめる新しい挑戦であると強く感じた。声と歌の部分も第一級のプロが担当したからこそ、作品の完成度が高まった。王子の声は神田恭兵。『ミス・サイゴン』を皮切りに多くのミュージカルに出演している。マーメイドの姉の声の伊東えりも、劇団四季や東宝のミュージカル、そしてヴォーカルトレイナーとしても活躍している。

NBAバレエと同様に、東京シティバレエもナレーションのあるバレエ公演を行っている。今後、こういったさまざまな選択肢が増えていくことは、いまの時代に即した新しい挑戦として、歓迎したい。そしてバレエの観客、人口が再び増えることを願いたい

2019.5.26所見

舞踊批評家 しが のぶお

STAFF
芸術監督・演出/久保綋一
振付・演出/リン・テイラー・コーベット
作曲/マイケル・モーリッツ
バレエ・マスター/榎本晴夫、久保栄治、鈴木正彦
バレエミストレス/浅井杏里、関口祐美
舞台監督/千葉翔太郎
舞台美術デザイン/ロス・コルマン、安藤基彦
照明プラン/ジェフ・ジョーンズ
照明プラン・照明/辻井太郎
映像プラン/エリック・パーソン
映像:立石勇人((株)ワンハーフスタジオ)
音響プラン・音響/佐藤利彦
衣装デザイン/デビッド・ハウウェル、仲村祐妃子
衣装製作/キャロライナ・バレエ、 仲村祐妃子