井上バレエ団2月特別公演「関 直人を偲んで」
2021.2.28 
メルパルクホール

1o2
The inoueballet Foundation
In Memory of SEKI NAOTO

ゆきひめ
【曲】ワーグナー
【原案】杉 昌郎
【振付】関 直人
【日舞指導】吾妻 徳穂

隅田有のシアター・インキュベーター

戦後のバレエ界の大スターにしてレジェンドの関 直人が、2019年に89歳で逝去し、まもなく2年。関が長く芸術監督を務めた井上バレエ団が《関直人を偲んで》というタイトルのトリプルビルを上演した。

関の作品からは『ゆきひめ』と『クラシカル・シンフォニー』の2作、そして石井竜一の『Chacona Dedicada』が披露された。本公演は当初、2020年の7月に予定されていたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で半年以上延期になり、ようやく1回限りの公演として2月の終わりに実現したのである。東京の1日の新規感染者数が2500人を超えていた1月上旬と比べると約十分の1に減ったとはいえ、10都府県に緊急事態宣言が発令されている中での上演である。昨年末の『くるみ割り人形』同様に、ひと席ごとに間隔を空けて座る客席のレイアウトが採用されていた(その後緊急事態宣言は一部解除され、3月4日現在一都三県に発令中である)。

“バレエ・ブラン(白のバレエ)”とは『白鳥の湖』の第2幕や『ラ・バヤデール』の“影の王国”などに代表される、白いコスチュームをまとったダンサーたちによる、美しく幻想的な場面を指す。『ゆきひめ』は小泉八雲の『雪女』を題材とした、日本版のバレエ・ブランだ。原案・振付は杉 昌郎で、音楽はワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』より前奏曲と愛の死。1972年の初演時は、男性のパートのみバレエダンサーが踊り、女性は全て日本舞踊の踊り手がつとめたが、1983年に女性のパートもバレエの振付に改定した版を関が発表し、さらに主役のゆきひめのみ日本舞踊で踊るバージョンも作られた。近年では2015年に井上バレエ団が、2018年に大和シティバレエが上演している。
花柳和あやき&荒井 成也
本公演では花柳和あやきをゲストに迎え、ゆきひめを日本舞踊の踊り手がつとめる版が上演された。若者は荒井成也。舞台の幕が上がると、ロマンティック・チュチュの上に白い「着物※」をかぶった雪の精が、3人、4人と登場する。日本舞踊のすり足を思わせる雪の精の動きは、全員が同じタイミング、かつ一定のリズムで歩を進め、あっという間にステージを雪景色に変えた。そして緊張感が増した舞台にゆきひめが登場する。バレエのコスチュームを着た雪の精の中に和装の主役を置くことで、雪が人間の姿を取って現れた様子が強調された。

※本作では「掛け(仕立て)」と呼ばれる。

バレリーナがゆきひめを踊る版では、コール・ド・バレエの中に紛れては現れる儚さがあるが、日本舞踊の踊り手のゆきひめは、周囲の動きとの質感の違いから、まるで若者の運命を司っているかのような存在感がある。それゆえにコール・ド・バレエの中に姿を消すラストが、いっそうの喪失感をもたらした。荒井は、一つ一つのパの目指すところが明確で、空中で背中を反らせるジャンプに情熱が宿る。神話の女神のようなゆきひめを前に、弱くも人間味あふれる男を描き切った。コール・ド・バレエもたくみに衣装を使いこなし、神秘的な作品の完成度に一役買っていた。

持田耕史 小山憲
田辺淳&松田多恵子
Chacona Dedicada
【曲】民族音楽
【振付】石井 竜一
佐藤祐基
2007年に日本バレエ協会公演で発表した『シャコンヌ』を元に、石井が関への賛歌として振り付けた『Chacona Dedicada』は、三拍子の民族音楽に乗って14名の男女が生命力溢れる踊りを踊る。

腕を開いて上半身を大きく使ったり、伸ばした腕と同じ側の足でステップを踏む動きには、米国のモダンダンスの流れを感じさせるものがあった。ダンサーたちが舞台上に大きな円を描きながら踊ったり、客席以外の方向を向いたりする、多面的なフォーメーションが効果的だ。中盤に挿入される男女の踊り比べのような曲では、石井版『シルヴィア』でエロスを初演した越智ふじのが、ステージを盛り上げた。
阿部碧&浅田良和
田辺淳&松田多恵子      桑原智昭&越智ふじの