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ーNOBUNAGAー
RUJIMATOV RANKOU MORIHIRO

ルジマトフ 藤間蘭黄 岩田守弘
 日本舞踊&バレエ「出会いー信長NOBUNAGAー」
2015.10.11&12 国立劇場 小劇場
志賀信夫の「動くからだと見るからだ」

日舞とバレエの稀有な遭遇

 ロシアのバレエダンサー、ファルフ・ルジマトフは、ニジンスキー、ヌレエフの系譜を継ぐといってもいい特別な存在である。1963年ウズベキスタン生まれ、52歳だが、その身体は衰えを感じさせない。日本贔屓で、2004年には舞踏家笠井叡の振付でモーツァルトの『レクイエム』を踊り、これも見事だった。さらに、未見だが、愛知では同じく笠井の振付で踊った『UZME』(2005年)も好評だった。
 今回は、2010年、ルジマトフが国立小劇場で日本舞踊の藤間蘭黄が踊った舞台を見て、「この舞台で踊りたい」と申し出たことがきっかけだった。

 藤間蘭黄は1962年東京生まれ、藤間流勘右衛門派の人間国宝、藤間藤子の孫、藤間蘭景の息子で、蘭黄と花柳寿楽、花柳基、西川箕之助、山村友五郎という各流派の家元直系の若手が集まった「五耀會」で、垣根を超えた日本舞踊の新しい波を生み出している。

 その積極性から、このルジマトフとの共同企画が誕生した。ただ、どちらもスケジュールが詰まり、作品づくりは3年後の2013年から始まった。当初、蘭黄とルジマトフだけの企画だったが、ボリショイ・バレエ団で長年活躍してきた岩田守弘の助力を得て、岩田との共同振付となり、さらに岩田が「秀吉」を踊ることで、三者の共同作品として3人の競演が実現した。

清元「山帰り」 
作詞/二世 桜田治助
作曲/初世 清元斎兵衛
藤間蘭黄
三者の得意技

 今回の舞台は、第1部では3人がそれぞれの得意演目をソロで踊り、そして第2部で共同作品『信長〜NOBUNAGA〜』を踊るというものだった。

 最初に藤間蘭黄が踊った日本舞踊の清元『山帰り』は、蘭黄の祖母藤間藤子が得意とした演目。江戸時代の鳶職や大工などの間では、神奈川県伊勢原市にある大山に詣る、大山詣りが盛んだった。大山は元々修験道の山で、江戸時代には石尊大権現を祀る阿夫利神社が博打や商売に御利益があるとされ、江ノ島詣りとセットになった庶民の旅でもあった。『山帰り』は、大山詣り帰りに遊んで帰った男がその様子を演じてみせるもの。
 蘭黄は裾を絡げたいなせな格好で、土産物の梵天(上が十字の纏状の棒)を肩に花道から見栄を切って登場する。そして唐人を真似て藁の唐人笛を鳴らし、それを遠眼鏡にしたり戯れるように踊る。奉納の太刀をふるい、裾を伸ばして、酒の場面や、女に扮しての交情、さらに庄内節では梵天を使った人形振りから船頭に変身して踊る。こうして踊り分けた後、再び梵天を肩に、再び旅立つ見栄を切って幕となる。

 江戸時代にはすぐわかる風俗で、おそらく観客は笑いながら見たのだろうが、現在では知識を得ないとわからない。ただ、難しい多くの役を、スムースに演じ分けて踊る、蘭黄の上品な身のこなしと、いなせな雰囲気、さっぱりとした感じはとても魅力的だった。

「ボレロ」 
作曲/モーリス・ラヴェル
振付/ニコライ・アンドロソフ
ファルフ・ルジマトフ
 次のルジマトフは『ボレロ』。ベジャール、そして映画『愛と哀しみのボレロ』でも有名になったこの作品は、ロシアバレエ団で伝説的存在だったイダ・ルビンシュタインの依頼で、モーリス・ラヴェルが作曲し、1928年にイダのバレエ団によりパリ・オペラ座で初演された作品。周知のように円形の台の上で女性または男性が踊り、周囲を男たちが取り巻いて踊るという構造。この元は、実は酒場で女がテーブルの上で扇情的に踊るという、エロティックな踊りであり、天照大神を岩戸から出したアメノウズメにも通じる舞踊なのだ。

 ニコライ・アンドロソフ振付によるルジマトフは、ソロで上からのサスペンションに照らされ、片手を上に高く掲げて体を伸ばした印象的なポーズから始まる。長いパンツに上半身裸の見事な筋肉の身体。この身体は圧倒的に美しく、止まった姿は目に焼き付いてしまう。そしてそれが動きだすと、見る者の心も高ぶる。その身体がボレロのゆっくりとしたリフレインに体を預けながら踊る。その手の動きは一見鋭角的だが、かつしなやかで蝶か鳥を思わせる。クラシックバレエの基本形が白鳥、鳥の姿であることを想起させる。下半身の動きは大胆かつたくましく、全身が円を描くことで流麗な美を生み出す。赤いホリゾント、背景に赤い照明で情熱が喚起される。国立小劇場という観客から近い舞台でルジマトフのこの姿を見られることは、ファンのみならず感激するだろう。もちろんラストのインパクトと静止した姿も非常に美しかった。

「全て違うんだ!」 
作詞・作曲・歌/ウラジーミル・ヴィソツキー
(「夢の中の黄色い灯」より)
振付/岩田守弘
岩田守弘
 次が岩田守弘のソロ『全て違うんだ!』。岩田守弘は、1970年横浜生まれで、全日本バレエコンクールジュニア部門で一位となり、18歳からソビエトでバレエを学び、2003年には外国人として初めてボリショイ・バレエ団の第一ソリストになり活躍し、2012年に退団した。

 長くボリショイ・バレエ団で活躍されていたため、映像以外、生でその踊りを見るのは初めてだった。暗いブルーのホリゾントにベルトをしたジーンズ的パンツと上半身裸身で登場した岩田は思ったより小柄。ロシアで人気の歌手ウラジミール・ヴィソツキーの『夢の中の黄色い灯』で踊り出すと、それは実に情熱的。哀愁を帯びたスペインのカンテやポルトガルのファドを思わせる、スリーコードのリフレインによるシンプルな曲は、社会や人生の不条理と悲哀を歌うもの。それに合わせて、バレエのテクニックを交えながら、舞台一杯を踊りまくる。重く切ない声から感じられる、感情に対してシンプルかつ身体一杯で表現する踊りは、彼の身軽なテクニックと強い表現力を見事に示していた。


「信長ーNOBUNAGAー」
作・演出/藤間蘭黄
振付/藤間蘭黄・岩田守弘
作曲/梅屋 巴・中川敏裕
ファルフ・ルジマトフ
日舞とバレエの見事な融合

 第2部の『信長〜NOBUNAGA〜』は、藤間蘭黄が斎藤道三に扮しての堂々とした花道からの登場に始まる。続くルジマトフは黒いシースルーの衣装で、同じく花道から登場する。ハレの雰囲気を漂わせて中央で魅力的に踊り、「うつけ者」信長としての存在感をアピールする。さらに、黒に金の装飾の衣装で盛装した信長と道三の対決は、信長が勝ち、道三は信長に扇を使ってしたためた「美濃一国譲り状」を届ける。道三を演じる蘭黄は風格をしっかり立て、ルジマトフとの対照が面白い。ハレの姿の頭を上で結んだ姿は、笠井叡を思わせた。また、床に身を投げるなど大胆な動きも見せて、インパクトもある。

藤間蘭黄
 舞台上手に十三弦、十七弦の琴、下手では笛や太鼓と囃子で、シンプルだが印象的かつバレエの動きにも合った音を奏でている。

 次に登場するのは、岩田守弘演じる木下藤吉郎。身軽な少年の姿でバレエダンサーらしく跳ね回り、軽さを顕著に出し、第1部の『全て違うんだ』とは異なり、より身軽かつ見事なテクニックを感じさせた。有名な信長の草鞋を暖める場面も、足を頭に載せるなど、物語を感じさせた振りと演出もいい。そして藤吉郎は信長の家来となる。

岩田守弘
 次に蘭黄は明智光秀となり、足利義昭の使者として登場する。不穏さを懐胎した光秀も信長に召し抱えられる。蘭黄は道三と光秀の違いを明確に演じ分けている。

 信長は光秀の意見を入れず比叡山を焼き討ちし、2人の対立は高まっていく。こういった物語は、日本人だったら舞台を見ていればだいたいわかる。

秀吉         NOBUNAGA         光秀