(公財)井上バレエ団7月公演「シルヴィア」
2019.7.20&21 文京シビックホール 大ホール

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NINOUE BALLET 
Sylvia

アミンタ:浅田良和
シルヴィア:源 小織&浅田良和

隅田有のシアター・インキュベーター

井上バレエ団が、石井竜一振付の新制作の全幕バレエ『シルヴィア』を上演した。ギリシャ神話やローマ神話の枠組みを使った本作は、ニンフのシルヴィアと牧童のアミンタ、そして狩人のオリオンの三角関係を縦糸に、純潔の女神ディアナと愛の神エロス(ローマ神話のキューピッドと同一)の相反する関係を横糸にして物語が進む。バレエファンなら誰もが名前を知っている作品で、いくつかの曲はレッスン曲などでも馴染み深い。

しかし国内での全幕上演の機会は決して多くなく、近年では2008年の英国バレエ団によるアシュトン版の復刻版や、2012年の新国立劇場バレエ団によるビントレー版が記憶に新しい。日本人によるプロダクションでは1956年に服部・島田バレエ団が島田 廣版を初演し、85年と88年に日本バレエ協会が「都民芸術フェスティバル」で再演している。プレトークによると、『シルヴィア』全幕の振付を行った日本人としては、石井が二人目なのだそうだ。

昨年の7月の『白鳥の湖』でオディールとオデットを務めた田中りな(20日)と源 小織(21日)がタイトルロールに配役され、牧童アミンタは荒井成也が初日を、21日はゲストの浅田良和が踊った。20日の様子を報告する。

オリオン:檜山和久
檜山和久 &源 小織
エロス:越智ふじの
鮮やかな緑のロマンティック・チュチュを着た森の精たちが踊る、聖なる森のシーンから始まる。妖精たちは斜めに並んだり、円形を作ったりしながら、カミテに建つ金色のエロスの像を讃えて踊る。舞台に並ぶ場面では、片方の列は客席側を、もう片方は後方を向いていたりと、気まぐれで遊び好きな妖精の様子が、フォーメーションに表れていた。アミンタが焦がれるシルヴィアは短いブルーのジョーゼット姿。片方の肩を甲冑のように隠した衣装は、同じ神話でも北欧神話に描かれる戦いの乙女、ワルキューレのようでもある。金管に合わせて小気味好く踏むステップが、音楽の面白みとよく合い、弓を高らかに掲げて立つポーズが、迷いなく真っ直ぐな主人公を印象づけた。
ストーリーは一幕で大きく展開する。シルヴィアに愛を打ち明けるアミンタと、一旦は彼を拒絶するシルヴィアとの駆け引きは、マイムを使い丁寧に描写された。本作のもう一人の主役はエロスだろう。通常は男性の役だが、石井版ではフワフワの羽を背負った女性ダンサーが踊る。恋の矢でシルヴィアを射抜いたり、傷ついたアミンタを助けたりと、話の流れに欠かせない存在だ。茶色いずきんで頭から膝までを隠し、老婆の変装で村人の前に現れるなど、コミカルな一面も見せる。小柄で愛嬌のある越智ふじのが、役にピタリとハマった演技を見せた。
檜山和久
二幕はオリオンの館。オリオンは、ギリシャ神話ではアルテミス(ディアナ)と交際する半神だが、本作ではシルヴィアにぞっこんの狩人だ。シルヴィアをさらって館に連れてくるが、逆に機転を利かせたシルヴィアに酒に酔わされ、潰されてしまう。『ライモンダ』のアブデラフマンのような、バレエの“荒事”風の振付で、腕を広げた大きなジャンプや、快活なステップが魅力だ。

米倉佑飛と檜山和久のダブルキャストで、14日の米倉はキャラクテールの才能を発揮し、肩を大きくつかった豪快な踊りが、役のエッセンスを引き出していた。振付には様々な工夫が見られ、シルヴィアがオリオンと踊る際、前半はオリオンのサポートの手を押し返すような「反発する力」が使われ、中盤以降シルヴィアが優位になると、今度はオリオンと「引っ張り合う」オフバランスの動きが見られる。シルヴィア救出のために館にやってきたアミンタと再会する場面では、同じ方向を向きながら体を寄せ合う、恋人らしいデュエットが挿入されていた。