2023都民芸術フェスティバル参加公演
(一社)現代舞踊協会
「家路」
23.3.14&15 渋谷区文化総合センター さくらホール

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Contemporary Dance Associtation of Japan
「家路」

人と白鳥

 この作品を見ていて、想起したことがある。30年以上前、北海道で見た白鳥の姿だ。ウトナイ湖は白鳥で知られる湖で、湖畔にユースホステルがある。そこに幼い娘とともに泊まり、早朝、まだ寝ている白鳥を見に行ったのだ。遠浅の干潟のようなウトナイ湖畔に楕円形の土嚢のように、丸くなった姿がいくつも並ぶ。そして、陽が登り始めると、そこから羽や首が少しずつ現れて、次第に鳥の姿になっていく。微かな風音と水音に立ち現れる白鳥たちの姿はなんとも美しく、神々しささえ湛えていた。バレエ『白鳥の湖』でも、振付・演出によって、このような眠る白鳥が描かれるが、その姿を見るたびにウトナイ湖が思い出される。

石川雅実
下村由理恵&石川雅実
石川雅実
下村由理恵
 何といっても『白鳥の湖』は、バレエの代名詞である。そのメロディを聞いて思い出す人は多いだろう。白いチュチュに髪飾り、真っ白な衣装にトゥで立ち、両手を優美に動かして羽ばたく。これが白鳥の基本といえる姿だ。羽ばたきを模した両腕の動きがポイントであろう。以前にコンテンポラリーダンサーにインタビューをしていて、「こんなふうに」と動いた手にビックリしたことがある。彼女はバレエ団出身で、白鳥の手の動きが染みついているために、普通はできない何とも優雅な動きだったのだ。さまざまなダンスを見ていても、手の動きでバレエ出身とわかることが多い。足のポジションにしても、その訓練でしかたどり着けないものがある。
石川雅実
 西洋の踊りは、この「白鳥」を基本としているといえる。バレエを基本としたダンスでは、「人=白鳥」なのだ。空を飛ぶ白鳥に思いを馳せ、飛びたい、飛ぶように踊りたいといった人間の欲求をかなえるのが、『白鳥の湖』だ。白鳥は、鳥のなかで最も優美で美しい存在とされるが、よくいわれるように、水面下では必死に脚を動かしている。天敵もおり、気候や環境の変化の影響を大きく受ける。地震の際に白鳥は、さらに他の鳥たちはどうしていたのだろうか。この舞台で描かれる地震で倒れていく白鳥は、まさに、そのときの人々の姿である。
村松卓矢
下村由理恵
家路へ

 家路といえば、思い出すのはドヴォルザークの『新世界』だ。4時、4時半、5時と地域によって異なるが、夕方、夜の訪れを告げる音楽として巷に流れ、あるいは学校放送で聞く定番だ。蛍の光、烏の子と並び私たちの記憶に刻まれている。本作ではこの曲がたびたび印象的に流れる。タイトルを「家路」としてこの作品をつくったのは、多くの人々が「家」を失い、絶望の状態から、祈りとともに人々が再びつながって、再生していき、それぞれの「家」が再び生まれて、人がその「家路」を歩むことを示したかったのではないか。

 東日本大震災では、13万戸が全壊した。そして、仮設住宅に約11万人が暮らし、その後、建てられた災害公営住宅は3万余。それぞれの家への「家路」を人々が歩む。「家路」は家と学校、家と仕事場、家と劇場などをつなぐ、すべての人々の歩み、つまり人生そのものを示しているともいえる。井上恵美子はこのダイナミックかつ、鎮魂の思い、祈りと希望に満ちたこの「家路」を届け続けることで、舞踊によって社会に何かを与えようとしている。この舞台の生み出す感動によって、人は何か暖かいものを抱いて、劇場からの「家路」をたどったことだろう。そう思うと、再びこの旋律が流れてくるような気がする。

20230314、渋谷さくらホール所見

舞踊批評家 しが のぶお

STAFF

演出・振付:井上恵美子

照明/杉浦弘行 (有)スタッフ アンド スタッフ
音響/山本 直
舞台監督/柴崎 大
大道具/(有)ユニ・ワークショップ
映像/立石勇人 (株)ワンハーフスタジオ