(公社)日本バレエ協会「クレアシオン」
2019.11.9 メルパルクホール

2of 2
Japan Ballet Association
「Ballet Creation」

デーメルの詩はキリスト教の『トレランス(寛容)』がテーマの一つとなっているが、生物学にも『トレランス』と呼ばれる仕組みがある。「免疫寛容」は我々の体にも備わっている“寛容”で、妊娠中に母体が胎児を異物として排除しないのも、このシステムによるものだ。また、ある種の微生物は生存が困難な環境にある際、特定の遺伝子に小さな突然変異を入れることで増殖を抑え、息を潜めて生き残る。この現象もトレランスと呼ばれている。
トレランスという切り口で本作を観ると、女の告白を受け入れる男だけでなく、女や、女が宿した命、さらに冬枯れの森に生きる全ての生命が、月の光のもとに浮かび上がってくるのだった。
金田 あゆ子&八幡 顕光
平山素子振付作品
「Sarcophagus/サルコファガス」
平山素子の『サルコファガス』は、古代エジプトの装飾が施された棺で、ギリシャ語のsarx (肉体)+phagein(食べる)を語源とする。平山はダンサーたちに「あなたのサルコファガスがあるとしたら、どのような装飾や彫刻が施されているか」と問いかけ、そこを起点に動きを作っていったという。松岡希美と中川賢を軸に、金 愛珠、藤井淳子、永田桃子、藤村港平、森田維央ほか13名のダンサーたちが、パワフルなステージを見せた。
松岡と中川のデュエットは、お互いの体重を利用し、弾みをつけて伸び上がるような、アクロバティックなリフトが多用されている。松岡は思い切りよく中川に飛び込んでゆき、緊張感と迫力のある踊りを見せた。中川は切れ味の良い動きで移動範囲が大きく、舞台の空気をかき回すようなエネルギーが感じられた。
宝満や遠藤の作品では、複数のダンサーが同じステップを踊る際、同じ雰囲気を共有していたり、気持ちが寄りそっていたりと、物事の順行を感じたが、平山作品では、同じステップを踊ることで、むしろそれぞれの個性や違いが炙り出されていた。また、ダンサーたちが横一列にならび腕を組むと、誰かが納まりきらずに飛び出したり、崩れ落ちたりして破綻する。破滅と創造を繰り返しながら常にダイナミックに存在しつづけるさまは、平山作品のシグネチャーであり、我々の身体そのものでもあるのだ。
松岡 希美&中川 賢 
最後に衣装について述べたい。バレエ作品では、どの時代の様式の衣装が使われているかという点からも、観客は振付家の旨趣を読み取ろうとする。新演出時代まっ盛りのオペラとは異なり、衣装と振付のスタイルに緩いながらも関連性があるのは、バレエの特色の一つだ。宝満の作品では、スタイリッシュな振付からは少々意外な、発表会などで好まれるパステルカラーのロマンティック・チュチュが使われていた。ダンサーの美しい身体がより引き立つ、異なるデザインの衣装でも本作を見てみたいと思うのだが、いかがだろうか。むろん意図的に型を破るのであれば大歓迎だ。

2019年11月9日 メルパルクホール所見

すみだ・ゆう=詩人/舞踊批評家

モテギミユ&松岡希美
STAFF

照明:足立恒(Impression)
音響:矢野幸正(アートスタジオY’s)
舞台監督:堀尾由紀(HAJIME Stage Staff)
舞台装置:東宝舞台株式会社
舞台設営:ユニ・ワークショップ

著作製作:(公社)日本バレエ協会