大和シティーバレエ2023 冬季公演『 宗達 』
2023.12.24 大和市文化創造拠点シリウス
芸術文化ホール メインホール

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SOUTATSU
Yamato City Ballet


志賀信夫の「動くからだと見るからだ」

宗達をバレエに? 現代ならではの挑戦

大和という街

 大和と聞くと、奈良県を思うのが普通だろう。だが、神奈川県にも大和がある。小田急線で新宿から藤沢、藤沢・江ノ島方向に1時間ちょっと、大和市の大和駅がある。ここは小田急線と相鉄線が交差しているところだ。
 筆者は以前に祖父母が藤沢市にいたので、若干親しみがあるが、降りたのはほぼ半世紀ぶりだ。となれば、もちろん以前の面影はない。駅周辺はきれいに整備されているが、相鉄線の駅付近から広い歩道がつくられ、そこをたどると五分ほどで大きく美しい建築が見えてくる。それが大和市文化創造拠点シリウス。大熊座に由来する名前のこのビルは、白い階段状に窓がつくられ、草木が植えられ、夜は中の照明で夜空に生える建物だ。高崎芸術劇場などを設計した佐藤総合計画と、清水建設の設計・施工によるこの建物には、大和市の図書館や市の施設が入っており、そのひとつに大和芸術文化ホールがある。2023年の12月24日、クリスマスイブに、ここで、大和シティー・バレエによる『宗達』が上演された。

宗達とバレエ

 宗達といえば、俵屋宗達だが、これをバレエにするのかと、最初にチラシを見たときに、ちょっと驚いた。日本画の画家をバレエにするというのは、めったにないだろう。また、その場合、写楽、歌麿、あるいは若冲あたりに目をつけるのが普通かもしれない。だが、宗達の代表作、国宝の『風神雷神図』が思い浮かび、なるほどと納得した。

 しかし日本のバレエ団は、以前は創作バレエに挑戦したが、最近はきわめて少ない。というのは、観客はやはり『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』などクラシックバレエの定番を求めるからだ。それでも、1995年から、スターダンサーズバレエ団が『ドラゴンクエスト』に挑戦して、定番となっており、また、近年はNBAバレエ団も海外に振付家の作品だが、『ドラキュラ』などの上演に力を入れている。また、松山バレエ団には伝説的なレパートリー『白毛女』がある。だが、東京近郊とはいえ地域のバレエ団がこのような創作バレエに取り組むことは、めったにないだけでなく、とても意義があると、密かに応援する気持ちが芽生えていたところ、取材を依頼された。

太閤秀吉:小川莉伯
 東京から急行などで1時間ちょっととはいえ、2023年12月後半は寒さも厳しく、なおかつクリスマスイブにもかかわらず、バレエや舞踊の批評家の姿を何人も見かけたのは、それだけ注目されているからだろう。
元Noismメンバーと能役者

 今回、俵屋宗達を演じるのは中川賢。彼に最初に注目したのは、金森穣率いるNoism(ノイズム)だった。優れたバレエテクニックに基づいて、新しいコンテンポラリーダンス(バレエ)を創作する、日本を代表するカンパニーといっていい。Noismは、2004年に新潟市で創立された日本初のレジデンシャル・カンパニーで、初期には青木尚哉、島地保武、平原慎太郎、そして最近は米津玄師などのミュージシャンの振付で活躍する辻本知彦も在籍したが、中川は2010〜2018年に在籍した。そして、Noismで彼の振付作品も見た記憶がある。また、今回出演している櫛田祥光も2007〜2012年、池ヶ谷奏は2010〜2020年、林田海里は2018〜2021年、Noismメンバーだった。何人かは、他のコンテンポラリーダンス作品などでも目にしている。

 登場する出雲の阿国を演じるのは、本島美和。彼女は新国立劇場バレエの一期生として、活躍しきた。さらに東京バレエ団で活躍してきた高岸直樹、能役者の辰巳満次郎、小出顕太郎などと、上記の元Noismメンバーなどをゲストに迎えている。そして、大和シティ-・バレエ、大和シティー・ダンスの2つのグループ、さらに子どもも含めたバレエスクール、佐々木三夏バレエアカデミーのメンバーで舞台は構成されていた。

出雲阿国:本島美和
俵屋宗達(伊年):中川 賢
切れのいい振付・演出

 振付は竹内春美。ドイツの劇場付カンパニーで10年活動してきて、いまは大和シティー・バレエのディレクター兼常任振付家だ。大和シティー・バレエは2016年、この大和市文化創造拠点シリウスの開館時にSBA Jr.Companyとして創立され、2年後に大和シティー・バレエとして公演を開始し、これまでも意欲的な創作に挑戦している。代表は佐々木三夏。佐々木は山路瑠美子バレエ研究所出身で、東京新聞全国舞踊コンクールなど多くのコンクールで受賞し、日本バレエ協会公演など活躍、佐々木三夏バレエアカデミーを主催し、このバレエ団はそれを母体としている。2012年、ローザンヌコンクールで一位になり、以降、ハンブルグバレエで活躍する菅井円加は、このバレエアカデミーの出身である。

 俵屋宗達については史実が少なく、生年と没年もわかっていない。残された作品とわずかな史実から描かれた、柳広司の小説 『風神雷神 風の章』『風神雷神 雷の章』に基づき、扇田拓也が脚本を書いている。舞台は二幕で構成されており、一幕目は若い宗達と仲間たち、さらに出雲の阿国や本阿弥光悦らが登場する。二幕目は成功して結婚した宗達が最後に『風神雷神図』に至るまでを描き出す。今回の作品は、コンテンポラリーバレエといえる作品だ。ちなみに筆者は、バレエ背景のコンテンポラリーダンスについては、必要に応じて、コンテンポラリーバレエと呼ぶ。

 まず特筆すべきは、竹内春美の演出・振付の歯切れのよさだろう。暗転やスポットライトを多用して、テキパキと展開することで、観客を引きつけ、ソロなどの見せどころはしっかり時間をかける。コミカルなシーンも交えながら、宗達の人々との関係、時代に翻弄されながらも、自分の道を極めていく姿が明解に描かれる。

和楽器のダイナミズム

 そして、それを支える音楽もいい。アルヴォ・ペルトの音楽は、心理的情景を描くためには、常道ともいえるが、それに加えて、和楽器の生演奏が舞台を盛り上げる。特に小林太郎と渡邊梨央による二台の和太鼓の掛け合いなど、リズミカルなビートがバレエ、ダンスの身体の躍動感を高める。のみならず、神楽笛の秋吉沙羅と尺八の佃康史のデュオ、鎌田薫水の薩摩琵琶と筝の吉澤延隆も見事なアンサンブルを奏でていた。

 第一幕では、特に本島美和演じる阿国と群舞の場面がダイナミックで美しく、惹きつけられた。縄で半円を描き中心に阿国、周囲に群舞という構成で、リズムとともに盛り上がる展開は、ボレロと同様で、阿国の時代に民衆が踊り出す場面を再現するようにも思えた。ちなみに、ボレロはバレエリュスの時代に、男装の美女、イダ・ルビンシュタインのためにモーリス・ラヴェルが作曲して創作された。当初は、テーブルの上で踊るダンサーを男たちが取り巻いて踊るという、酒場ダンス的な要素が由来と思われる。その後、モーリス・ベジャール振付のジョルジュ・ドンで有名になったため、男性作品の印象が強まったが、元々は女性のためのダンスだった。そのため、さらにシルヴィ・ギエムや上野水香が踊るようになったのは、元に戻ったともいえる。
角宮与一:櫛田祥光 /宗達:中川 賢/紙屋宗二:林田海里
本阿弥光悦:辰巳満次郎
宗達の葛藤も描き出す

第一幕は、主人公で、中川賢演じる京都の扇屋・俵屋の伊年(宗達)と、小出顕太郎演じる番頭の喜助とのかけあい、さらに、中川と、辰巳満次郎演じる本阿弥光悦の場面が印象的だ。能役者では、津村禮次郎がたびたびバレエダンサーと共演しているが、辰巳の存在感も見事にバレエダンサーと対峙していた。

 そして、中川(伊年)と幼なじみと、林田海里演じる紙屋宗二、櫛田祥光演じる角宮与一の男性トリオ、中川と本島のとのデュオなど、見どころと群舞が絡み合う。
 第二幕は、有名になった宗達の前に、高岸直樹演じる烏丸光広が現れ、宗達は迷う。この2人の場面が前述のように、照明のテンポいい切り替えで、宗達の葛藤が印象的に浮かび上がった。

 さらに、妻みつを演じる窪田夏朋もいい。大和シティー・バレエのメンバーで、烏丸と宗達を取り合う場面から存在感を強め、ヒロインを丁寧に演じる。つまり、本島美加の阿国と、窪田夏朋のみつという2人の女の存在が、作品のひとつのポイントだ。そのため、後半で2人が絡んでいくところも、とても見応えがある。他方、紙屋宗二と角宮与一の子ども時代を演じる、原海人と岳人もアクセントになっている。さらに、池ヶ谷奏と森本天子の唐獅子、萩原ゆうきと田中杏奈の白象も、物語と絵画を表現しつつ、楽しい場面を展開した。そして、松を人間が演じる場面、書き割り屏風や黒子の活用なども、時折目を奪い、舞台にコントラストを与えて、印象的だった。
本島美和
圧巻のエンディング

 そして、やはり圧巻は、エンディングだろう。妻みつと阿国が下りた幕の手前で絡み、存在感を出していくと、その紗幕の向こうに四角い光と人々、そして花吹雪。紗幕が上がり、四角い光が広がると、獅子頭をつけた金と銀の2人が登場する。この高岸直樹の風神と辰巳満次郎の雷神が舞い出すと、風神雷神図が再現され、鍛えられたバレエテクニックと能の動きがダイナミックに浮かび上がる。それまでの場面を見ていて、屏風やセットなどで、もっと琳派的な雰囲気を出してもと思ったが、実は俵屋宗達は琳派の先駆で、琳派そのものではないこと、また、抑えられている理由は、ここで風神雷神を際立たせるためだったとも、考えられる。そのもくろみは見事に当たった。その俵屋宗達晩年の傑作とともに、華やかさを生み出しつつ、この物語を閉じるという、構成・演出も見事だった。そのため、カーテンコールで太鼓がリズムを打ち出すと、観客もエンディングの興奮から引き続いて、盛り上がった。

中川 賢 &本島美和
辰巳満次郎/中川 賢
 創作バレエや創作日舞で歴史物というと、物語を追いすぎたり、主人公を絵に描いたようなヒーロー、ヒロインにしがちだが、この作品は、宗達の葛藤を描いたり、宗達の美術作品に依るところも大きく、その点でも見事で、かつ見応えがあった。また、コンテンポラリーバレエという、現代ならではのバレエで宗達を描き出したことも、和楽器との相性を含めて、成功のカギだったと考えられる。
この『宗達』は、大和シティー・バレエ団のレパートリーとして、ブラッシュアップしながら各地で上演するに値する作品といえるだろう。また、次にどのような作品に挑戦するか、今後の活動も楽しみである。

23/12/24 シリウス芸術文化ホール メインホール所見 

舞踊批評家 しが のぶお

みつ:窪田夏朋
烏丸光広:高岸直樹 /中川 賢/窪田夏朋
唐獅子:池ヶ谷奏、森本天子
白象:萩原ゆうき、田中杏奈
中川 賢/高岸直樹 /三宝院門跡覚室:小川莉伯
本島美和 &窪田夏朋
雷神:辰巳満次郎、風神:高岸直樹
STAFF
プロデューサー:佐々木三夏
原作:柳広司
「風神雷神 風の章」「風神雷神 雷の章」
脚本 :扇田拓也

振付:竹内春美
アーティスティック・ディレクター:前田清実
バレエミストレス:池ヶ谷 奏
シテ方観世流能楽師:長山桂三
シテ方宝生流能楽:柏山聡子

舞台監督:(株)フェイカーズ
美術:長峰麻貴
照明:櫛田晃代
音楽ディレクター:小林太郎
音響:中村蓉子
ビデオ:japan digital arts
映像制作:林 裕人