東京バレエ団「ジゼル」
2021.2.26〜28 東京文化会館 大ホール

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The Tokyo Ballet
Giselle


東京バレエ団「ジゼル」

うらわ まこと

 東京バレエ団の「ジゼル」といえば、まず現在の芸術監督の斎藤友佳理。彼女は現役時代にこの作品、そして「ラ・シルフィード」の2つのロマンティックバレエをとくに得意とし、わが国を代表するロマンティックバレリーナといわれてきました。
 芸術監督になってからは、創作、現代作品とともに、「ラ・シルフィード」をはじめ、「白鳥の湖」など古典のレパートリーもあわせて取り上げてきました。ここでの彼女の姿勢はこれまでの版を基本として、その意味をしっかり考え、ドラマとしての整合性を追求、厚みのある、そして説得力のある舞台を作り上げようとするものです。
 さて「ジゼル」ですが、東京バレエ団としては1966年にレオニード・ラヴロフスキーの版で初演、その後ウラジミール・ワシリーエフによる一部改訂を加えるなどして上演を重ねてきました。このたび6年振り、斎藤友佳理は芸術監督としては初めて、バレエ団の原点となったラブロフスキー版の真髄をきちんと示すべく、96年にもこの作品の演出にかかわったニコライ・フョードロフとともに取り組んだものです。

ジゼル:沖 香菜子 ヒラリオン:宮川新大 バチルド姫:政本絵美 アルブレヒト:柄本 弾
 まず、作品について考えます。
 この物語の要点は、3つの三角関係から成り立っています。第1幕、まずジゼルをめぐるアルブレヒトとヒラリオン、そして後半のアルブレヒトをめぐるジゼルと彼の婚約者バチルド姫、そして第2幕はアルブレヒトに対するミルタ(ウィリの女王)とジゼル。こう考えると、物語はアルブレヒトを軸として進んでいることが分かります(踊りの華はジゼルであるとしても)。

 ジゼルはひたすら彼を愛し、婚約者の存在を知ったショックで、もともと弱かった心臓を痛め、心を病んで死を迎えてウィリとなります。 ジゼルを一方的に愛するヒラリオンはそれが果たせないと知り、アルブレヒトの正体を暴き、悲劇の引き金を引いてしまいます。そして悔悟のジゼルの墓参に、ウィリの女王ミルタに強制されて踊り、殺されます。

 そしてそのミルタは、アルブレヒトに対しては、バチルドの化身とも思える複雑な心情があり、彼を殺さずに朝を迎えたことにある面安堵しつつ、自分の世界に戻るのです。アルブレヒトは、ジゼルの献身とミルタの心情、そして時間切れで命を取り留めますが、これからの生活は決して幸せなものにはならないでしょう。

ヒラリオン:宮川新大
  この版では、舞台にまず登場するのも、そして最後に舞台に残るのもアルブレヒトで、彼が物語の主人公であるという点をきちんと押さえています。そしてこの複雑な人間関係、あるいは人間と精霊のドラマを、主要な役だけでなく、それを取り巻く出演者を含めて的確に描きだします。最後のシーンでも、アルブレヒトはジゼルを抱くのでなく、すべては消えて、孤独と、これからの厳しい人生の予感で足重く去っていくのです。

  踊りの面でとくに気がついたのは、全体にゆっくりとして、たんに技術を見せるのでなく、状況、その意味を表現するという意識で作品全体のバランスを重視しているということです。たとえば、初演での第1幕のペザント・パ・ド・ドゥの部分だけは、ワシリーエフが03年に変更したパ・ド・ユイットを採用し、村人たちの高揚した気分をうまく表していました。

 さらに、村人のなかにも多少の格差(身分差)、すなわちジゼル、その友人たち、そして パ・ド・ユイットの男女などの上位層と、その他の庶民層に分かれ、さらにクールランド公爵などの貴族階級と、3つの集団を動きや衣裳、そして出演者の属性(体格など)で描き分けているのです。

ジゼル:沖 香菜子&アルブレヒト:柄本 弾
 また細かいことですが、ベルタ。ジゼルの母として40歳前後と想定されますが、夫を亡くしているので地味ないでたち、しかし娘を思う心は強い、とこの点もしっかりキャスティング(奈良春夏)で示しています。彼女とヒラリオンの交流を描く演出もありますが、ここではヒラリオン(宮川新大)は、村人に溶け込んで、孤立しているのではないということを示します。
「ジゼル」というバレエは、よく第1幕はドラマで演技を、第2幕はバレエブラン(白いバレエ)で踊りを見せるといわれますが、この演出では、第2幕でもそれぞれの社会的背景、人的関係を動きや心理表現で意識させるなど、ドラマツルギーがきちんと貫かれ、またその緊張を切らさないような工夫がされています。
 
 出演者について少し触れておきましょう。
 ジゼルの沖香菜子は、スリムで可憐、ロマンティックバレエ向き、初役だと思いますが、とくに前半、少女のひたむきさにはきちんと取り組んでいました。第1幕のソロの最初のアラベスク・パンシェ、これは実はウィリの象徴で第2幕ではジゼルだけでなくミルタも見せるのですが、ここも美しく見せました。また狂乱の場にも努力の跡が感じられました。ただ欲をいうと、とくに第2幕、愛と悲しみ、そして苦しみの表現にやや研究の余地があるような気がします。たとえば首筋、ウナジがここでは重要な意味をもちます。それは髪形からも分かりますが、この使い方にも少し工夫してみたらどうでしょうか。

 アルブレヒトの柄本弾は、ベジャールなどの現代作品にとくに才能を発揮しますが、豊富な役づくりの経験とクレバーさで、物語の主人公としての存在感をしっかりと見せました。

 特筆すべきは第2幕の群舞。格調をそなえたミルタの伝田陽美を先頭にドゥ・ウィリをくわえた26人。それが自発的に、かつ主体的に動きながら隊型をつくって、心と形の見事な統合を実現、爽快ささえ感じさせて、見る人に強く訴えました。他の出演者も、初役が多いと思いますが、全体として演出の意図をよく理解してリアル感のある、生き生きとした舞台を作ろうという意識が見えました。

  率直にいって、過去の「斎藤友佳理のジゼル」の時と比較すると、舞台空間全体の密度、たとえば主役と周囲の関係の成熟度にまだものたりない点がありますが、若い出演者たちのこと、これからの経験による練り上げに期待したいと思います。

2021年2月26日 東京文化会館所見 

舞踊批評家 うらわまこと

音楽 アドルフ・アダン
振付 レオニード・ラヴロフスキー版(ジュール・ペロー、ジャン・コラーリ、マリウス・プティパの原振付による)
改訂振付
(パ・ド・ユイット) ウラジーミル・ワシーリエフ
美術 ニコラ・ブノワ
演奏 東京交響楽団
会場 東京文化会館 大ホール

東京バレエ団 団長:飯田宗孝
芸術監督:斎藤友佳理、
バレエ・ミストレス:佐野志織
バレエスタッフ:木村和夫