小林恭バレエ団公演57「バフチサライの泉」
2007.10.13 ゆうぽうと簡易保険ホール |
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執事:小林 恭
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「バフチサライの泉」は、日本ではなかなか見られないソビエト・バレエの名作である。ロシアの偉大な文学者プーシキンが、クリミヤの古都バフチサライに伝わる”涙の泉”の物語に霊感を受けて著した同名の叙事詩をもとにバレエ化され、旧レニングラード・キーロフ・バレエで1934年に初演された。ポーランドの城主の娘マリヤ、マリヤに恋するタタールの王ギレイ汗、ギレイを思う余り嫉妬に苦しむザレマの3人が中心に織りなすドラマは、舞踊シーンが随所に見られることでも知られる。
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小林恭バレエ団は、日本でこの貴重な作品をレパートリーとする数少ないカンパニーであり、1972年に初演して以来、上演を重ねてきた。この10月13日、東京・五反田ゆうぽうとホールには、小林恭バレエ団のダンサーたちと、個性と実力をあわせもつゲストが集結して多彩な舞台を展開、これは7年ぶりの上演となった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ワズラフ:黄 凱
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泉に呆然とたたずむギレイ汗の回想シーンから始まるプロローグに続いて、ポトツキーの城の庭には、舞踏会から抜け出したマリヤと彼女の婚約者ワズラフが登場する。いわゆるクラシック・バレエのプリンセス像、プリンス像をこれほど明確に体現するダンサーはいないと思われるのは、マリヤの宮内真理子、ワズラフの黄凱である。現在、新国立バレエ団の登録ソリストである宮内、東京シティバレエ団のプリンシパルである黄凱は異色の顔合わせともいえるだろう。このようなキャスティングの妙を楽しめるも今回の公演の特徴だろう。
2人のパ・ド・ドゥは優雅なラインとかたち、気品によって第1幕の見どころをつくった。ここでは剣の踊りやマズルカなど、アンサンブルで見せるダンサーたちの意欲もよく伝わってくる。第1幕にはまた、主役のギレイ汗を初演からずっと務めていた小林恭が子息である小林貫太にギレイ役をゆずって、存在感ある執事役で登場。こういうところにも配役のおもしろさを見つけるのは楽しいものだ。 |
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黄 凱 &マリア:宮内真理子
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ギレイ汗:小林 貫太/隊長:大嶋 正樹 /黄 凱
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ザレマ:下村 由理恵
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第2幕ハレムの大広間では、帰還したギレイ汗、タタール軍を迎えるハレムの女たちの確執が描かれる。ザレマ役の下村由理恵は誇り高さと、ギレイに拒絶されて心変わりを知った哀しさを秘めたニュアンスを、ザレマを脅かす褐色の女(第2夫人)役、山本みさは堂々としてスケールの大きい踊りで女性的な魅力を発散させ、女たちも鈴の踊り、壺の踊りでハレムの雰囲気をかもしだす。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ザレマ:下村 由理恵 / ギレイ汗:小林 貫太 / マリア:宮内真理子
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タタール軍隊長ヌラリ(大嶋正樹)によって父ポトツキーを殺され、婚約者ワズラフもギレイの手で殺されたマリヤは1人囚われの身となっている。第3幕はまさにマリヤとギレイとザレマの葛藤、行き違い、そしてザレマがマリヤを刺し殺すという悲劇が起こる山場となる。マリヤの気高さ、そのマリヤに圧倒されて手出しの出来ないギレイが自らに驚き動揺し、ギレイを返して欲しいと懇願するザレマの追いつめられた思い。ここは宮内、小林、下村の3人がドラマティックに盛り上げた。そして第4幕、ザレマは処刑され、ギレイはタタール軍の兵士たちや隊長ヌラリから乖離していき、虚しさの虜となる。エピローグでは、タタールの王ギレイの孤独な姿が浮き彫りにされる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
褐色の女(第2夫人):山本 みさ
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宮内真理子
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全体に「バフチサライの泉」には対比のおもしろさを見いだせるといっていい。たとえばマリヤの清純さとザレマの官能美。ワズラフのノーブルさとギレイ汗を中心とするタタールの男たちの野性味やダイナミズム。あるいは女性たちによるフェミニンな群舞と男性たちのマッチョな群舞。いわゆるクラシック・バレエとキャラクター・ダンス…。それらが不思議な魅力をたたえているのである。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
小林 貫太&宮内真理子
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タタールの王が主人公であるこの作品は、ロシアやヨーロッパではエキゾチックなものとして受け止められるようだが、同じモンゴル系の人種であるからか、そこに親しみを覚えるのは筆者だけだろうか。ともあれ、戦いに明け暮れ、侵略や略奪を繰り返してきたギレイ汗が最後は空虚な思いにとらわれるという、きわめて人間的な姿は観客を惹きつける。小林貫太は、恵まれたプロポーションと技術、演技力では高い評価を得ているダンサーだ。今回もそんな条件を生かして男性的魅力にあふれるギレイを演じた。これからも、いっそうのリーダー・シップを発揮して、踊り継いでいって欲しい。
2007.10.13 ゆうぽうと簡易保険ホール所見 舞踊批評家 はやし あいこ |
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小林 貫太&下村 由理恵
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刑執行人:井上浩二
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ヌラリ(隊長):大嶋 正樹
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