Dance Marche
Dance Performance vol.11 Eden
2024.5.23 渋谷区 大和田さくらホール

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Dance Marche
Eden


森 菜穂美のダンシング・アドベンチャー


 池上直子の新作「Dance Marche Dance Performance vol.11『Eden』が5月23日に東京・渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールで上演された。

 池上が脚本・演出・振付・美術を担い、完全なオリジナルのストーリーと台本で挑んだ本作『Eden』は、エデン教という宗教(人々の生活や自然環境へ平和の祈りを捧げるという教義)を信奉するエデン学園が舞台の学園SFという異色作だ。新国立劇場バレエ団のプリンシパルである木村優里、渡邊峻郁を主演に迎え、鳥羽絢美、湯淺愛美、八幡顕光、高橋慈生ら個性的で実力あるダンサー9人の魅力的なキャストを揃えた。

教師カイ:八幡 顕光
タイキ:渡邊 峻郁
学園×SF=Eden

 舞台下手には象徴的な大きな塔がそびえ、白とブルーの揃いの制服に身を包んだエデン学園の生徒たちが、八幡顕光が演じる教師カイの下でトレーニングに励み授業を受ける。その様子をひっそりと見守る、主人公タイキ以外の目には見えない存在がkimagureである。そのkimagureの采配によって、タイキの妹マイ(表現力豊かで愛らしい鳥羽絢美)が死んでしまう。「妹を助けたかったら時間を戻してあげる」とkimagureに持ち掛けられて、タイキはタイムリープする。

エデン学園の日常がダンスに

 エデン学園の日課として繰り広げられるトレーニングの場面では、タイキ役渡邊峻郁やジュンを演じる高橋慈生らダンサーそれぞれの、バレエテクニックをベースにしたダイナミックな技巧が発揮されて華麗なムーブメントを作り上げる池上の才能に舌を巻く。教師カイを演じる八幡の切れ味ある跳躍に見られるカリスマ性、かけっこのように走る動き、エクササイズやタイムリープの動きは他には見られないものでユニークだ。一人一人がトレーニングや授業など学園生活のルーティンをこなしながらも、恋をしたりふざけ合ったり、放課後など日々の生活を楽しんでいる様子はコンテンポラリーをベースにしたダンスで綴られる。出演者全員に役名と背景になる物語があり、複雑な人間関係が感じられるように、アンサンブルになってもキャラクターが明確に表現されている。

kimagure:湯淺 愛美
ルイ:木村 優里&渡邊 峻郁
 管理され閉ざされた学園の中で展開する物語、というとマシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』が記憶に新しいが、平和を重んじる宗教が信仰されているエデン学園では、権力者による支配や虐待、恋愛の禁止などはなく、ゆるやかに管理されながらも生徒たちは若者らしい日常を幸せに生きている。

 タイキはルイとの恋を楽しみながらも、妹マイを可愛がっている。タイキ、マイ、ルイのトリオでの踊りも印象的だ。そんな日常が、kimagureの介入によるマイの突然の事故死で断ち切られる。渡邊とルイ役木村優里とのパ・ド・ドゥは心が通じ合うさま、そしてやがてタイムリープを経て二人の関係性が変化していく様子をクラシックバレエだけでなく重力を意識したダンスでも雄弁に伝え、彼らの新境地を見せてくれる。

マイ:鳥羽絢美
謎の存在<kimagure>とは?

『Eden』の鍵となるキャラクター、kimagureの湯淺愛美は強烈な存在感と悪魔的なオーラで場を支配する。紫のドレスに身を包み邪悪な空気をまといながら、ひっそりと学園の営みを覗きながら文字通り気まぐれにマイやタイキらの運命を狂わせる。タイムリープをしても、マイの事故死は避けられない。死んでしまうマイを救うために、何度もタイムリープを繰り返すタイキ。愛する妹の死に激しく慟哭し、次第に精神のバランスを崩していく姿を、渡邊が持ち前の深みのある演技力でじわりと体現する。ついにタイキは繰り返されて重なっていく苦悩と悲しみに終止符を打つべくkimagureと対決するが…

渡邊 峻郁&湯淺 愛美
池上直子のkimagureが生んだ驚異のクライマックス、そしてその先の世界へ

終幕の驚愕の展開には息を呑んだ。エデン学園の象徴的な塔が倒れ、全く新しい世界が開かれて舞踊言語も抽象化されていく。どんなことが起きたのか、この黙示録のような、破壊の後の再生のような結末は観客の解釈にゆだねられている。『Eden』というタイトルが象徴している世界なのか、それとも池上直子の文字通りのkimagureか。いずれにしても、大胆な発想で生み出された「学園SFもの物語バレエ」という、他にはない新しいジャンルがここに生まれた。個性的なキャストが競演したこの作品が今後どのように深化し、発展していくのが、この先を見てみたいと思う。一公演だけでは語り切れない刺激的でアイディアに満ちた一作であり、このメンバーでの再演を期待したい。

舞踊批評家:もり なおみ

24.5.23 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール 所見

木村 優里&渡邊 峻郁

STAFF
脚本/演出/振付/美術 池上直子

照明:前田文彦
舞台監督:渡辺重明
音響:田島誠治
ダンスミストレス:大上のの、湯淺愛美

制作:後藤かおり
主催:Dance Marché