本間祥公 常花 toko hana
2017.10.22 セルリアンタワー能楽堂 

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yoshiki homma
「toko hana」

「江口」

構成・演出・振付/猿若清三郎
衣装/宮村 泉
使用楽曲/杵屋正邦「風動」「野鳥三態」
レナード衛藤「BANZO」
大石将紀「SHO-MYO」

猿若 清三郎 & 本間 祥公
 藤井公、利子に師事、その舞踊団のスターとして活躍後、みずからのスタジオを設立した本間祥公。その間、ダンサーとして文化庁芸術選奨文部大臣新人賞、作品『智恵子遺珠』で文化庁芸術祭賞など多くの賞を受賞。とくに高い技術力、表現力、そして美しいアピール性をもった舞踊家として高く評価されてきました。その一方で多くの優れたダンサーを育てています。最近は息女の山口華子とH/Yダンス・エテルノを組織して実験的なパフォーマンスを開いてきましたが、自らのリサイタルは久し振り。会場は4年前、「HIMEの会(彼女と坂本秀子、後藤智江による)」で使ったセルリアンタワー能楽堂です。

 作品は2つ、猿若清三郎構成・演出・振付・共演の『江口』、そして小尻健太構成・演出・振付のソロ作品『恍惚』。作品を日本舞踊猿若流の若き旗手、そしてコンテンポラリーダンス国際派の異才に求め、自分はダンサーとしてまさに常花を表現しようという企画。
本間祥公
 『江口』はもとは能の作品ですが、原作に添うというより、そこに着想をえて人間のもつ多様性、深さ、かかわり、そして成長などを描き出そうとしたもの。
 まず、傘を手に旅人風の男(清三郎)が橋懸りから登場。あちこちに行方を求め、迷います。人間そのもの、人生の旅でしょう。そしてカミテの一角に腰をすえ、思考しつつまどろみます。そこに金色、長い裾の上衣の女(本間)が登場、上衣を脱いで、笛、弦、そして鼓の和楽器による音楽で、序破急ひとしきり舞い、優しく、美しく、時に燃える空間のなか夜叉のような激しさで、さまざまな内面や想いを表現します。ときおり男に気を送り、包み込み、男も惹きつけられるように、しばし夢見心地のなか女と舞います。そして女は去っていきます。一人残された男は、夢うつつの体験のなかで開眼し、次の目的地に強く踏み出していくのです。女は異次元の存在、あるいは男の心のなかの概念で、男の人生への思いが呼び出し、あるいは生み出したものでしょう。

 本間は、菩薩風の雰囲気で巧みな表現力を発揮、清三郎は最初の心許無さから自信への成長を描いてみせました。


「恍惚」

構成・演出・振付/小㞍健太
衣装協力/matofu
使用楽曲/Reynaldo Hahn「A Chloris」
「L'Heure Exquise」平本正宏「Angel」
詩/中原中也「女よ」(抜粋)

2曲めは小㞍健太の『恍惚」。
 まず 本間が白く長い紗の布を被り、引きずって登場。それを脱ぎ捨てます。過去のしがらみとの決別か。衣裳は紫、照明によっては茶にもみえる、ソフトでシンプルなワンピース。素の自身か。ピアノや弦、またエコーのかかった人声、さらに美しい女声など、全体としてゆったりとした雰囲気が空間を満たします。彼女もどちらかというと上体、腕、そして表情を主体に、ゆったりと感じ、求め、訴えます。
本間祥公
 終盤には、肉声(録音)での「美しいもの、愛らしいもの」(中原中也の詩より)への思いが語られます、そして何かを迎え、自身のいとしさを確認するように受け止めます。彼女の越し方、そして行く末への心象でしょうか。舞台がさらに明るくなり、美しい女性の歌声。彼女は自分探しの時が終わり、われに返ったように佇みます。
 2作とも、表面の形式は異なりますが、人間とは、生きるとは、という問題に人体の動き、あるいはダンスという表現方法でアプローチした作品。日本舞踊の形式でもなく、コンテンポラリーのオフ・バランスやア・テールの動きにもこだわらず、彼女の過去、現実をよく知った2人の振付者によって考えられた動き、彼女がしっかりとそれに応え、さらに自らのスタイルを、そして自身をアピールした舞台となりました。
 能楽堂という特殊な環境の上に、それぞれ30分を超えるハードな舞台でしたが、カーテンコールで2人の男性振付者に囲まれた彼女には、大仕事をやり遂げた満足感が漂っているようでした。

2017年10月22日 セルリアンタワー能楽堂所見

舞踊批評家 うらわまこと

STAFF
照明:吉田信
舞台監督:田中英世
音響:神前昭彦
猿若清三郎 本間祥公 小㞍健太