藤井香主宰 彩のくに創作舞踊団「平気に踊る」vol.1
2019.11.26 シアター・バビロンの流れのほとりにて

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藤井香主宰 彩のくに創作舞踊団
「平気に踊る」


松元日奈子作品
「夕方の隣人」


Photographer's Eye

王子神谷」駅の庚申通り商店街を10分ほど直進し、横道を入ったところに“シアター・バビロンの流れのほとりにて”がありました。ホール名は哲学者:森有正の著作「バビロンの流れのほとりにて」 に依るとのこと。森はフランスに給費留学したまま帰国せずパリで帰らぬ人となったといいますが、パリの何がそうさせたのか知る由もありません。

パイプ椅子12×4列ほどが階段状に置かれたこじんまりとしたホール。初めてのコヤは、舞台の広さも照明プランも勝手がわからずに緊張します。暗さに目が慣れてくると思った以上に奥行きがあるようで、ボーダーライトが縦横にめぐらされ、フットライトやステージサイドライトもあります。資料によると11×8mほどのリノリウム張りの床、高さは4メーターほどでジャンプやリフトも余裕で出来そうです。

小さなバスタブがひとつ舞台に置かれています。中から顔を出したのがこの部屋の住人なのか、狭いバスタブ・ハウスに全身を入れ見えなくなったり、足が飛び出たりカタツムリの殻のようにも見えてきました。ステンレス製のバスタブは、90cm四方ほどのの小さなもので、初期の団地などで使用されていたものでしょう。が、タイトルが「夕方の隣人」なのですから、おそらく想像の世界で、漏れ聞こえる音で隣人の行動を想像たくましく再現されます。

とても奇妙な情景なのですが、観客の誰一人も笑わず咳払いひとつたてず、監視カメラのようにダンスを見つめています。安アパートの人間関係を、舞台のダンサーと観客とで再現しているようです。

そこへ隣人らしき人物が登場し、バスタブにこもったのが主人公なのか、隣の部屋で好き勝手に過ごしている人物が主人公なのか、混乱します。これが振付家の意図なのかもしれません。

筆者が4畳半で社会人生活をスタートしたときも隣人と顔を合わすことはあっても、挨拶を交わす程度で顔をまともに見たことがなかったことを思い出し、なんだか不思議な懐かしさを覚えます。

アパートの隣人が何をしているかを想像することはあっても、無関心を装うことで現代人は自分を守ります。“一人だから孤独”は一元的な見方で、大勢と一緒だから知る孤独を客席で感じていました。

松元日奈子 江積志織

井彩加作品
「人に成る」

酒井銀丈&藤井彩加
白いタオル地のようなショートパンツの男女のデュオ、これは若い夫婦のありふれた風景なのでしょうか?
常に同じ方向を向き同じような動きをしている二人、やがてそこから逃れようとする動きが始まり、同時性が少しづつ崩れていきます。仮に男性が主導権を握っている夫婦だとすると、妻が夫と同じ行動をすることをいつか止めて、やがて一人で歩き出そうとする。それを留めようとする男の姿に見えました。危ういバランスがかろうじて保たれているようなダンスが連続し、最後には同じ方向に、たぶん未来に向かって歩き出す場面でフェードアウト。
思い出したのはメリル・ストリープがヒロインの『マディソン郡の橋』©1995年 ワーナー・ブラザース
映画ではラストシーンの、信号が変わるまで恋人クリント・イーストウッドへ歩み出すのか、10数秒の葛藤がクライマックスでした。

「人に成る」が独立宣言なら、カーテンコールはそれぞれ違う方向に去っても観客は納得したでしょう。


藤井香作品
「限られた中にある無限」

短い杖を持った4人が暗転されたままの客席後方から舞台に乱入、杖を突く音が鼓笛隊の小さな3連ドラムのように小刻みで不安を煽ります。杖に頼りながらつま先立ちしようとするのですが、四足歩行からの進化を意味しているのでしょう。やがて足を自由に操るようになり、さらに逆立ちまでするように“進化”した時点で全員が杖を捨てました。2つのグループに別れたようにも4人が集団行動をしているようにも見えます。
急に場面が明るくなってから流れ始めたベートーベンの「田園」が想像の翼を広げます。自由に空を羽ばたく鳥のように4羽がじゃれたり一羽が冒険したり、最初から最後まで楽しいダンス。少しおしゃべりな鳥のようでムダに明るい(笑)のがなんだか心地よいのです。

丸椅子の上に“独立”してからはそれぞれが違う動きを主張しようとするのですが、やがて不思議な一体感が生まれ、オーケストラの指揮者のようなリーダーも登場、大団円を迎えました。

江積志織、海保文江、藤井彩加、松元日奈子
「平気に踊る」の公演タイトルは「周りの目を気にせず、他人と比べない」という意思表示とのことですが、終演後に潮が引くように誰もいなくなった客席で“都会の孤独”を3方面から描いた公演と確信しました。

都会では知人・友人・恋人の距離感がかなりハッキリしていて、30cm以内は他人が踏み込めないパーソナルスペースです。一歩踏み出せば簡単に踏み越えられるものを大事に守っているようで、不思議でツッコミどころ満載の“孤独”を考えさせられた3作品でした。

写真・文 鈴木紳司

STAFF
照明:岩品武顕
舞台監督:山田潤一
音響:川口博
衣装:中村春子
藤井香主宰 彩のくに創作舞踊団