バレエスタジオAKIKO 「ジゼル」
22.4.9 鎌倉芸術館

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Ballet Studio AKIKO
「Giselle」

ベルタ:水上千里&ハンス:チョウ ゼボム
ジゼル:一ノ宮亜希子&アルベルト:キム セジョン

Photographer's Eye


「ジゼル」初演は1841年、ジャン・コラッリ、ジュール・ペローの振付でした。その43年後にマリウス.プティパにより改定された版が21世紀の私達が目にする「ジゼル」です。失われた曲も多く、初演時の近い形での舞台制作は音楽家(演出・振付はもちろん)の江藤勝己さんの助力がなければ、実現しない公演だったでしょう。プティパ版とは違う箇所を中心にレポートします。

クールラント公爵:三船元維      バチルド:寺田桃佳   一ノ宮亜希子
「ジゼル」は、ロマンチックバレエの代表的作品ですが、バレエ・ダクシォン(劇的バレエ)と言われ芝居がとても重要です。

1幕冒頭、ジゼルに一刻も早く会いたいアルベルトが広場に飛び込んできました。従者ウィルフリートが息せき切って追いかけてきますので、熱愛が手に取るようにわかります。過去2回の「ジゼル」公演ではプロローグがあり、若き日のクールラント公爵が領民ベルタに傍若無人の振る舞いをし、今は亡きハンスの父親がベルタを救ったシーンが描かれたそうです。

チョウ ゼボム
ペザント:梅原ひなた、福田佑海、浜名美玖、宮内浩之、樋口祐輝、二村康哉
その縁もあって森番のハンス(ヒラリオン)は登場時からベルタと親しく、当然のように獲物の野鳥を手渡します。娘への恋心を隠そうともしないハンスをベルタも暖かく見守っているようです。
収穫を祝うぶどう祭りが始まります。ベザントはパ・ド・ドウではなく、パ・ド・シスで、男女→女性2人→男性2人と踊りつなぎます。祭りのハイライトは女王に選ばれたジゼルと恋人ハンスのパ・ド・ドウですが、じらすように離れて踊るキスゲームが村人の拍手を浴びたことは想像に難くありません。
断っておきたいのは、バチルドがクールラント公爵の娘ではなく、初演の台本通りにアルベルトが息子となっていることです。
クールラント公爵とベルタの再会が物語の風雲急を告げます。驚愕の表情を隠そうともしないベルタは、その瞬間からジゼルを守ろうと決意したようで、一行から娘を遠ざけようとする演技が光りました。それとは逆に、貴族の娘のきらびやかな衣裳へ興味をそそられるジゼルが好対照でした。また、彼女と同い年と知り、親しみを持ったバチルドがネックレスを贈り、首にかけるしぐさがとても自然で、立場は違っても共感するものがあったようです。

寺田桃佳/キム セジョン/三船元維
水上千里/一ノ宮亜希子
ハンスが紋章を照らし合わせるのが一つ一つ丁寧なしぐさで説得力がハンパない(笑)初めて「ジゼル」を観る方が納得し理解する演技力でした。

バチルドの婚約者がアルベルトだったことを知り、ジゼルは彼の剣で命を絶ちます。直後のカミテでのベルタの怒りは《クールラント公の息子アルベルトにより悲劇が繰り返された》ことに、天を呪い血を呪う慟哭でした。同時にシモテで男二人の罪のなすり合いが始まったので、見逃した方もいるかも知れませんが、さらに舞台センターに悲しげに見守るバチルドがいたことを忘れてはなりません。

ミルタ:小俣友里
第2幕は、白いバレエ(バレエ・ブラン)と呼ばれる、踊りが主体の場です。自ら死を選んだジゼルの墓は小さくどこか寂しげでした。 
ウィリの女王ミルタのアラベスクパンシェが森の静けさとこれから始まる宴の恐怖を増幅させます。ウィリ達が左右からアラベスクで進んできてすれ違う場面では当然のように客席から盛大な拍手。カメラマンの私もこのシーンだけは息を止めて見つめるしかない静寂の行進です。さらに結婚前に亡くなった乙女たちの亡霊が、名残のベールをかぶって踊る時間がプティパ版よりずっと長く、花嫁衣装の群舞が恐ろしいことを初めて知りました。 
ドゥ・ウィリ:寺田涼夏、寺田桃佳
アルベルト:キム セジョン&ジゼル:一ノ宮亜希子
黄泉の世界に招き入れられたジゼル。ミルタを筆頭にウィリ達全員でフェッテ・アラベスクを繰り返すコーダは迫力満点。何度見ても怖いものは怖い!「私達に仲間になって、悪い男を殺すのよ」の声が聞こえてきそうです。ところが、ジゼルはまるで聖人のように振る舞います。アルブレヒトを許し、ウィリから救い、ミルタに許しを請う慈愛のジゼル。なぜ許せるのか、観客の心まで癒やすような行動が、私達一人ひとりの胸を打ちます
二人を引き離そうとしてミルタが振るったローズマリーの枝。折れるのではなく、雷鳴のように光り輝く愛の光で二人は一旦救われます。魔力を跳ね返す十字架以上の“なにか”がそこにはありました。
1幕と2幕のラストが同じ構成の絵画を観るようで、バチルドが愚かな男たちを見守るような慈愛の眼差しを向けていました。 
ハンス:チョウ ゼボム
ミルタ:小俣友里
一ノ宮亜希子&キム セジョン
その後の物語は観客の想像に委ねられます。
バチルドはアルブレヒトを許したのか、生涯独身を貫いたのか?

過去を遡ると2012年(公社)日本バレエ協会のメアリー・スキーピング版「ジゼル」も、J.コラーリとJ.ペローの原振付をもとにしたものだったのですが、江藤勝己さん演出は「結婚こそ女の幸せ」を笑い飛ばすような、(2幕を含めて)女性が主役のたくましく痛快な物語でした。ひょっとしたらこの「ジゼル」は、男性にではなく、すべての女性への自立を促すエールなのかもしれません。

写真・文 鈴木紳司

江藤勝己氏
STAFF

原振付/ジャン・コラッリ、ジュール・ペロー
構成・演出・振付/一ノ宮亜希子
演出・振付/江藤勝己
舞台監督/山田亜由美
照明/佐藤英生(大庭照明研究所)
音響/河田康雄
大道具/ユニ・ワークショップ