東京シティ・バレエ団 meets コンテンポラリーダンスII
2009.3.19&20 ティアラこうとう敷地内 |
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東京シティ・バレエ団のバレエダンサーを外部の振付家が振りつけるという企画。コンテンポラリーダンスの振付家を広く公募する形になって2回目である。その特徴は振付家を公募することと、会場のどこでも舞台として使えるというもの。1300人収容の大ホールや小ホール、ロビーや駐車場など、会場となるティアラこうとうが全面的に協力している点がユニークである。江東公会堂がティアラこうとうとなって15年。東京シティ・バレエ団がホーム劇場として長年バレエの舞台を上演してきており、その信頼関係ゆえだという。 2007年の前回は楠原竜也、白井麻子、真島恵理、鈴木ユキオの振付だった。今回公募で選ばれたのは、山田せつ子、前田新奈、大橋可也、富野幸緒の4人だ。 |
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観客は2階ロビーに集められ、旗を持つ担当者の先導で移動して、あちこちで上演される舞台を見る。「ダンス巡行型」と名づけられたこの公演では、通常のように舞台の客席で座って上演を待つのとは違い、「どこに連れて行かれるのか」「何が始まるのか」というワクワク感が楽しい。 まず、階段を上り下りして、たどり着いたところは大ホール。しかし舞台の上にいる。ホリゾント、舞台奥に沿って観客席が作られ、座ると本来の広い1300人収容の大観客席を舞台から見る形になり、その光景はなかなか美しい。かつて伊藤キムが世田谷パブリックシアターや琵琶湖ホールで同じように観客を舞台に上げて逆から舞台を見せたが、日常には体験できない舞台づくりに期待感が高まる。初めて舞台上に上った観客も多いだろう。 |
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やがて暗めの客席に2人、女性が登場して、舞台に上がってくる。本来の観客席側、舞台の端に1列、観客席がこちら向きで作られている。2人はバレリーナの雰囲気を漂わせており、左側(舞台を逆から見ているので下手?上手?)で五十嵐妙子がバレエの稽古をするような動きを始める。右側の観客席では大内雅代がそれを眺める。やがて2人が絡み、争うような動きも含めて、バレエ的ではない動きが次々と重なっていく。だが、その動きはバレエのエッセンスがしっかりと染み出すもの。
横長の舞台の観客の前で左右に2人が立ち、そよぎ、踊る。設えられた1列のみの観客席の1つに体を投げ出し両足を大きく開いた姿も印象的。人形振りではないながら、人形の持つ美しさも感じられる。途中途切れたり重なるように鳴る音楽も効果的で、僅かに静かなノイズが広い観客席という背景を持った空間に響く。 |
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大内雅代 五十嵐妙子
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この『彼女の靴』を振り付けた山田せつ子は、舞踏家笠井叡に長く師事し、ソロダンスで非常に注目された。その後、女性だけの枇杷系というコンテンポラリーダンスのグループを作り、ブームの一翼を担った。枇杷系からは尹明希(ユンミョンフィ)、天野由起子という優れたダンサーが育った。山田せつ子の舞台には、身体の繊細さ、細やかな感覚と意識が通奏低音のように流れる。激しい動きを作っても、どこか繊細さ、切なさが感じられる。これまでもバレエの訓練を受けたダンサーが枇杷系には所属していたが、現役のバレエダンサーはまったく違う。山田せつ子の繊細な感性を表現するには、バレエダンサーがうってつけなのかもしれない。無理にバレエの動きを壊そうというのでもない。もちろん横たわったりという、動きそのものはバレエとは違うのだが、空間に踊りの気品というものが漂う舞台で、山田せつ子の『彼女の靴』は僕たちを魅了した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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次に案内されたのは、ロビーの1階。そこから2階に上る吹き抜けの白い大きい階段が舞台となり、観客は下からその階段を望む。観客から見て右から左に曲がり、さらに右に曲がって昇っていく広い階段には、2カ所、踊り場のようなちょっと広い空間があり、左側に張り出しの休憩コーナーがある。階段に照明が当たると、階段下3分の1ほどの位置から銀白色のものが動き出す。よく見ると足、下半身をこちらに向けた女性が踊り場に横たわっていたのだ。やがて最上段から黒い衣装の女性が這うように下ってくる。蛇女の侵入を思わせるこのイメージはインパクトがあり、階段づかいの発想は秀逸。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
三好麻沙美 西希美
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この2人、三好麻沙美と西希美が絡んで動き踊りを作っていくのだが、全体として静かな展開で、じわっとその存在感を醸し出そうという感じである。抽象的で近未来的とも、銀色天使と黒い悪魔とも見えるダンサーは、視覚的には強いイメージを生み出している。ただその体の質感が観客に届かないような気もする。また、舞台ではない空間を生かすために抑えた照明だったが、2人の身体を生かすスポット的な照明を当てたほうが、観客にその体が届いたのではないか。振り付けた前田は当初「眠れる森の美女」をイメージしたという。タイトル『イバラ』は、王女が刺される棘ということだろう。ペローの童話ではそれは糸紡ぎの錘(つむ)であり、目覚めさせる王子の母、女王は実は人食いである。黒いダンサーにそんなイメージを重ねても面白いかもしれない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前田新奈は谷桃子バレエ団でプリマとして活躍した後、新国立バレエ団で活動。同時に日本的な土着性と現代を融合させる音楽・舞踊グループ「未國」を2002年、音楽の前川十之朗らとともに創立して活動している。昨年11月には『稀人』『KUROKAMI★BALLET 禍』の2本をバレエ、コンテンポラリー、舞踏の踊り手とともにコラボレイティブな舞台として作り、前田が多く振り付けた。この未國の舞台では、以前の日本的エスニシティは抑えられ、幻想的で楽しめる舞台を作ろうというものだった。前田はまた、新国立の舞台にもしばしば立つとともにH アール・カオスの舞台にも出演し、バレエとコンテンポラリーダンスの両面で活躍している。最後のトークでダンサーたちは、バレエとコンテンポラリー両方に通じた前田の振付と指導はとてもわかりやすかったと語っていた。前田の挑戦はさらに花開くだろう。 |
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休憩の後、外に出てエントランスから車用のスロープを下って、地下駐車場に導かれる。奥の突き当たりにアンプなどの機材が置かれ、その手前でセーターを頭に被った男がゆらゆらさまよっている。狂人のような風情が、何か異様なことが起こることを感じさせる。そこに観客席を抜けて女性が登場、踊るというより、動きながら、時には上手側の端に体を投げ出す。すると、危険を知らせるブザーが鳴る。2人が絡むともなく倒れたり動いたりしていると、奥のアンプに男が登場し、電源を入れ、白い蛍光灯が輝く。ギターか手持ちキーボードのような蛍光灯の付いた楽器、「オプトロン」を抱えて音を出す。 |
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草間華奈 佐世義寛
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観客には予め、激しい音と光が出るとの注意がなされていたが、年配の客は両耳を手でふさぐほどの音量とパワー。低い音のフィードバックによるノイズのなかにリズムがあり、音の変化とともに蛍光灯の光が点滅する。美術家・音楽家である伊東篤宏の音楽は、ロック系のリズムがベースにあるが、それがノイズに埋もれながら空間を支配する。その激しい音のなかでは、体と体の動きも変質して見える。音に犯されながら動き変化する体。しかし爆音系のライブでしばしば体験することだが、大きい音の連続はかえって眠気を誘う。体が防御して閉じようとするためか、リフレインがミニマル音楽のような効果を示すのか。 |
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大橋可也は和栗由紀夫に師事して舞踏を学び、独立して大橋可也&ダンサーズとして活動している。一度、活動を停止したが、再開してから積極的、頻繁に舞台を作っている。執拗な動きのリフレインをそれぞれにダンサーらが行うことが基本で、強い負荷と抑圧が一つのモチーフ。先般、横浜桜木町の自転車駐車場では、観客も「檻」に閉じ込めて実験的な公演を行った。また2008年12月には、同じく伊東篤宏とともに『帝国、エアリアル』を新国立劇場で敢行したが、この時の爆音はもっと凄かった。
さて、ティアラこうとうの駐車場に爆音が響き、男女のダンサーが動き、倒れている。その音が消えると2人が互いを意識する動き。手前で女性が男に応えるような、応えないような曖昧な動き。男はその背後で少し離れて、女性を求めるような動き。その動きは、2人が求め合うともとれるし、目的のない行為のようにも見え、ここが実に美しい。大橋の求めているものは、こういうものかもしれないと思った。単純な動きのリフレインが副層的に重なり、それが観客に多義的な意味をもたらす。そしてそこにすっと浮かび上がる叙情。これはその前の伊東篤宏の圧倒的なノイズがあるから、立ち上がるのだ。最近の大橋の作品を見続けているが、この最後のダンスは特に素晴らしく、発見だった。男性ダンサーの佐世義寛は初々しく、さらに女性ダンサーの草間華奈はどこかコケットリーな雰囲気を漂わせて、とても魅力的だった。最後のデュオでそれが際立ち、ベタなタイトル『愛と誠』がそこに生み出された。たぶん草間は、大橋の舞台にかなり合うキャラクターだと思う。ダンサーズの公演にもぜひ参加してほしい。 |
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最後は地下にある広い大会議場で、横長に作られた観客席から見る。上手と下手に2つの台がある。まず中央にOL姿の女性が3人登場し、椅子を使ってセクシーダンス、観客を挑発するような踊りが繰り広げられる。エンターテイメントの要素たっぷりだが、バレエ団のプリマである志賀育恵と土肥靖子、薄井友姫の3人は、さすがに素晴らしい。動きの端々に踊りの魅力が溢れている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
やがて1人が上手の演台で、『眠りの森の美女』の物語を語り出す。この語りもうまく、中央で繰り広げられるダンスも楽しい。志賀ともう1人がどんどんセクシーな衣装に変わりながら踊りを見せていく。そこにもう1人が自転車で登場するなど、アイデアを凝らした展開が見事につながっており、観客の笑いを誘う。そして特にユニゾンで踊る動きは圧巻。まず3人が揃って踊り、そして1人がソロで2人がユニゾンというパターンを、ソロダンサーが交代しながら次々と展開する。バレエのテクニックではなく、床に横たわるなどアンチバレエ的な動きを多用しているが、ダンサーたちの優美さは失われない。見事にダンサーたちの個性が生かされている。次に何が出てくるのか、わくわくしながら見た。かつダンスのレベルも非常に高いために、笑いながらダンスの魅力を堪能した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
富野幸緒はオランダを中心に活動するコンテンポラリーダンサーで振付家。ストリートダンスから入り、オランダで学ぶ。近年は神楽坂のセッションハウスのレジデンショナル・アーティストとして活動し、その振付作品などを見てきた。今回はダンスに笑いを取り入れた作品だが、それがきわめて自然に見える。海外で揉まれた富野ならではのコミュニケーション力が十分発露されていることは、アフタートークでのダンサーたちと富野の親しさにも現れていた。タイトルの『TIARA THE BEAUTY 〜ティアラの美女は、眠らない〜』も、会場のティアラと「眠れる森の美女」、美女たち(バレリーナ)をかけていて、ユーモアたっぷり。ちなみにティアラはこの建物が王冠のように見えるところからつけられたという。その名前と形状もバレエ・ダンス向きだろう。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
薄井友姫 志賀育恵 土肥靖子
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終ってこの会場で、舞踊批評家山野博大と東京シティ・バレエ団の理事長石井清子によるトーク、振付家とダンサーへのインタビューが行われたが、振付家、ダンサーともにこのコラボレーションを楽しんだことが感じられた。 この公演には、JCDN(Japan Contemporary Dance Network)代表の佐東範一が協力している。JCDNは日本全国で「踊りに行くぜ」という公演を毎年行っており、各地、さまざまな会場で舞台をつくってきたノウハウが生かされている。コンテポラリーというと美術などではとかく難解という印象があるが、ダンスは実は面白く楽しい。その面白さをバレエファンにも広く知ってもらうために、この公演は最適だろう。東京シティ・バレエ団は民族舞踊との遭遇など、他にも意欲的な企画を行ってきている。また、コンテポラリーの振付家にとっても、バレエダンサーを振り付けるといういい機会である。ぜひ今後とも続けてほしい。 なお今回4人の振付家が登場したが、その2人は舞踏を背景に作品を創ってきた。日本のコンテンポラリーダンスと舞踏にはやはり関係が深いと、改めて感じられた。 |
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